そこは、気が付いたら闇でした。 ぼんやりしていた頭は、次第にはっきりし始め、一体何が起こったのか理解し始めました。 ここは、デパート。 母と父とで、買い物に来ていたのです。 ですが、何か大きな音がし始めた途端、信じられないことに建物にひびが入り、そこから一気に裂け始めたのです。 少年が覚えているのは、母と父のつないでいた手が思わず離れてしまった時までです。 いつからここにいて、どのくらいここにいるのでしょう。そしてここは壊れたデパートのどの辺りなのでしょう。 それはわかりませんでした。 少年は暗闇を嫌っていました。 何か変な悪者が、ぬっと出てくるような気がしたからです。 今までは、母も父もいました。もういません。 いつ崩れてくるのかわからない、ガレキの中で、少年は泣き叫びました。 わんわん泣きました。 それでも目が慣れ始め、だんだん自分がいる周りにたくさんの穴が開いている事に気が着きました。 しかし、それは顔のように見え睨みつけているようです。 怖さのあまりに思わず、更に泣き始めようとした時です。 ぬっと、何かが来ました。 少年がいた足元には、背の低い女の人なら何とか立てるような隙間が開いており、そこに誰かが立っていました。 さっきまではいません。 今、急に表れたのです。 少年は、恐怖のあまりに体を震わせながら泣きました。 ぬっと現れたその何かは、膝を折りゆっくりと少年に近づいてきます。 手元にあったコンクリートの小石を投げつけながら抵抗しました。 でも、ますます近づいてきます。 しまいには、少年の目に見えるくらいの位置にまで来たのです。 暗闇で、手の届く範囲も見えない少年の目にまで。 少年の目の前に来たものは、どんなものなのでしょう。 怖いお化けでしょうか。恐ろしい妖怪でしょうか。 いいえ、少女でした。 優しげな、少女でした。 特に、何も口にせず、少年の前にいます。 年上と思しき少女が、はっきりと見える距離で、じっと目を見つめ、思わず少年も泣きやんでしまいました。 少女の冷たい手が、少年の顔に触れます。 気持ちのいい、冷たさです。 水が、滴ってきました。 少年の体に、水滴が落ちてきます。 不思議な事に、少女の体から滴ってくるようでした。 それは興奮のあまりに熱くなった体を冷やし、落ち着かせました。 光が、来ました。 少年を助ける大人たちが来たのです。 外と繋がっている、光が届いてきました。 ガレキは除けられ、久しぶりに外界へ出てきました。 でも、あの少女はいなかったのです。 不思議な事に、少年を慰めてくれた少女は、どこにもいなかったのです。 ただ、少年の服がありえないほど濡れていました。 まるで、少女の体が全部水になって少年にかかったかのようでした。 あの、ガレキの隙間にも彼女はいません。 「ありがとう」と少年は呟き、両親のいる病院へと向かったのです。 |